同じ踏み切りでも、体の形しだいで回転のスピードは大きく変わります。その理由を知っておくと、1本ごとの練習の見え方が変わります。
ここでは、宙返り(前後に回る回転)のスピードの話をします。ひねりは別のしくみが関わるので、今後の号であつかいます。
この読み物は、MICが選手向けに作っているものを、購読者向けに整えた版です。本文は選手向けと同じです。
動きや体に、何が起きているかを説明しています。「こう練習する」という指導を置き換えるものではありません。
実際の指導では、選手・技・状況によって、ここにない説明や言葉が使われます。この資料と指導者の言葉が違っても、どちらかが間違いとは限りません。
体の話を扱う号は、起きうることと関係する要素までを書き、個別の症状の判断や治療・休養の内容は扱いません。痛みがあるときの判断は、医師などの専門家のものです。
回転のもと/回りにくさ 角運動量・慣性モーメントを、選手向けにやさしく言い換えたものです。巻末に正式な用語があります。
ほどき 空中で抱えた体をゆるめていく動きを、MICではこう呼んでいます。一般的な用語ではありません。
研究の引用は巻末に出典があります。モーグルそのものを測った研究は少なく、多くは他競技の知見を「原理は同じ」と言える範囲で使っています。この資料は購読者本人が読むためのもので、転載・再配布はできません。
回転には「回りやすい形」と「回りにくい形」があります。
重さが回転の中心に近いほど回りやすく、遠くなるほど回りにくい。ただそれだけの話です。
回るイスに座って、両手両足を大きく広げた状態で回してもらう。回っている途中で手足をぎゅっと体に引き寄せると、自分では何もしていないのに回転がはっきり速くなります。
フィギュアスケートのスピンで、腕を閉じた瞬間に急に速くなるのも、まったく同じことが起きています。
体の形によって決まる、この「回りにくさ」を、物理では慣性モーメントといいます。おぼえておくのはこの1語だけで十分です。
上の図で、おもりを軸から2倍遠ざけると、回りにくさは2倍ではなく4倍になります。腕をたたむ、膝を胸に寄せる ― その数十センチが、回転スピードに大きく効いてきます。
ここが一番大事なところです。
エアでは、板が台を離れるまでに「回転のもと」をつくります。空中に出たあと、その「回転のもと」はほぼ変わりません。
でも、体の形を変えると「回りにくさ」が変わります。同じ「回転のもと」でも、回る速さが変わるということです。
小さくなる → 速く回る / 大きく開く → ゆっくり回る。これが空中で回転をコントロールする方法です。
3人とも、踏み切りでつくった「回転のもと」はまったく同じです。ちがうのは、空中での体の形だけ。▶ 回すを押してください。
「回る速さ」は、同じ板の条件でのレイアウトを×1.0としたときの倍率です。体重50kgの体のモデルで計算した値で、実際の選手を測ったものではありません。数字の出し方は04の終わりにあります。
同じ「回転のもと」なら、レイアウトはゆっくり回ります。だから同じ1回転をするには、より長い空中の時間が必要です。高く跳ぶことは、その時間をつくる方法のひとつです。
踏み切りで「回転のもと」をつくり、
空中では体の形で「回る速さ」を調整する。
※物理では、この「回転のもと」を角運動量といいます。
回転のもとは踏み切りでつくる。空中では、体の形で回る速さを調整する。
回転が足りない・回りすぎたとき、「開くのが早すぎた」のか「踏み切りでつくれていなかった」のか。分けて振り返るだけで、次の1本でやることがはっきりします。
体を開くと回りにくさが大きくなり、回転はゆっくりになります。回転が止まるのではありません。
回る速さを落として、着地に合わせにいく。開くのが早ければ足りず、遅ければ回りすぎる。動画でこのタイミングを見てみてください。
1人の選手が、空中で形を変えます。「回転のもと」は変わらないまま、形を変えた瞬間に回る速さが変わります。▶ 抱えて、開くを押してください。
「開く」と速さは落ちますが、0にはなりません。回転を止めるのではなく、ゆっくりにして着地に合わせています。
「回りにくさ」「回る速さ」は、レイアウトを1としたときの倍率です(板の条件はそのまま)。
踏み切りの不足を、空中で強く抱えることだけで取り返すのは危険です。姿勢が崩れ、着地が見えなくなります。まず踏み切り、次に形。
開く=止める、ではない。
ゆるめて、着地に合わせる。
この「体の形による回りにくさ」を、慣性モーメントといいます。
ひねり(ツイスト)は別のしくみが関わるので、今後のMIC豆知識であつかいます。
ここまでの話は、物理では次の2つの言葉であつかわれています。
「回転のもと」=角運動量
「回りにくさ」=慣性モーメント
体操:後方宙返りで、選手は慣性モーメントの大きさを離地の高さに応じて、変えるタイミングを空中姿勢に応じて調節していることが実測されています。
フィギュアスケート:6種類のジャンプで踏切時の角運動量はほぼ同じでした。回転数の違いは、空中での形のつくり方から生まれていると解釈されています。
飛込:飛行中に股関節や腕の角度を調整して踏切のばらつきを補正しており、この空中修正がなければ入水角のばらつきは約4倍になると報告されています。
エアリアルスキーの研究では、スキーとブーツを履くと軸ごとに回りにくさの増え方が変わり、用具なしなら8°傾く腕の動きが、スキー着用時には4°しか傾かないと報告されています。
トランポリンで身につけた空中感覚が、そのまま雪上で同じにならないのはこのためです。原理は同じでも、効きかたは用具で変わります。
体を頭・胴・腕・脚に分けた簡単なモデルで、画面に出ている形そのものの「回りにくさ」を計算し、回転のもと ÷ 回りにくさで回る速さを決めています。板なしでは、レイアウトに比べてパイクが約2.3倍、タックが約3.3倍の速さになります。
飛込選手の体で計算した報告では、平均的な選手でレイアウト14.5・パイク5.8・タック4.1 kg·m²(速さにするとパイク約2.5倍・タック約3.5倍)でした。モデルの値はこれより少し控えめです。
板ありの「ほぼ半分の速さ」は、体重50kgのモデルに板とブーツの重さを足して計算した目安です。体重が重い選手ほど、この差は小さくなります。
モデルの前提:体重50kg・身長160cm、板(ビンディング込み)1本2.0kg・長さ170cm、ブーツ片足1.8kg。形を変えている途中の細かい動き(腕や脚を動かすことで体が逆向きに少し回る効果)や、重心の放物線は入れていません。
モーグルのエアの回転量そのものを直接あつかった研究は、現時点で見あたりません。ここで言えるのは「慣性モーメントと角運動量の原理はモーグルでも同じ」ということであって、「モーグルの研究でこうすれば良いと証明されている」ではありません。